いまさら、この生活を壊すつもりはない。
重役夫人としての心地よさは、なにものにも代え難い。
家事一切を家政婦にまかせての、悠々自適の生活であった。
夫の会社の夫人連の集まりでも、その美貌も手伝って、さながら女王然とふるまった。
しかし、性生活の不満はくすぶりつづけた。
麗子は、そんな悶々とした思いの日々を送っていたのだ。
そしてそんなときに、男を見かけた。
身を崩しているとはいえ、あの、激しくそして熱く燃えさせてくれた男に、愛されているであろうミドリに、激しい嫉妬心をおぼえた。
といって、麗子から男を求めるのはプライドが許さない。
なんとしても、男をひれ伏させたかった、後悔をさせてやりたかった。
そしていま、男は麗子の軍門にくだろうとしている。
麗子にとって、満足できる結果のはずであった。
しかし、麗子の気持ちのなかに予期せぬ感情がうず巻いていた。
侮蔑の感情だけがあるはずであった。憐憫の情であるはずだった。
麗子の思いのなかに、愛おしさがこみ上げていた。
今すぐにでも、男の胸に飛び込みたいという衝動にかられているのだ。
身体の火照りを抑えられずにいたのだ。
「やっと、君に返ったね。どうも、今までの君は固苦しくていけない。嬉しいよ」
相変わらずの書きことばだった。しかし麗子には、昔の覇気ある男にみえていた。
「あら、ほんと。久しぶりね、こんな風に気軽に話すのは」
小ぢんまりとした一室にふたりは居た。いつしか、恋人時代のふたりに戻っていた。麗子は、男の肩にしなだれかかりながら、〝いままでは肩ひじをはっていたのね〟と、久しぶりに心のゆとりを感じていた。
「どう、今の生活は?」
男にしてみれば、社交辞令のようなものだった。しかし麗子には、痛烈な批判のことばに聞こえた。
「どういう意味なの!」。キッと、男をにらみつけると体をもどした。あまりの剣幕に、男はたじろいだ。
「いや深い意味はないよ、そんなに尖るなよ。そういうところは、昔と変わらないなあ。安心したよ、たしかに麗子だ」