昭和人の恋ものがたり

団塊世代の、じじいの妄想話です。

[淫(あふれる想い)] 舟のない港 (六十八)まさかのあのバーでの再会。

 まさかのあのバーでの再会。見るからに落ちぶれている。

ブランド物のスーツに身をつつみ、イタリアの革靴をはいて、颯爽と取引先を訪れていた男ではなかった。

吊り下げの二着で○○円の、安物スーツが似合う男になっていた。

オーダーメイドのカッターシャツではなく、アイロンはかかっているものの、明らかに乱雑に積み上げられていたであろう既製のカッターシャツだ。


〝こんな安い男になってしまったの? 落ちぶれたものね〟
〝あたしを捨てた男の行く末がこれ? なさけないものね〟
 男のとなりに陣取って、思いっきりの笑顔を与える麗子だった。

夫のいる空間で、カエルをいたぶる蛇のごとくにふるまってやるつもりの麗子だった。ところがこちらが闘う体制をととのえるまえに、相手は尻尾を巻いて逃げ出してしまった。


「彼が君のお相手だったのかい?」
 勝ち誇った声で、紳士が麗子に問いただした。
「ええ、まあ……。でもあの頃とはまるでちがうわ」
 そう言うのが精一杯だった。

このみすぼらしい男が、麗子から結婚を迫った男だと知られてしまった。

屈辱以外のなにものでもなかった。


「お若い後添えさんで……」
「こりゃまた芸能人かと見まちがえますなあ」
「ほんとにステキなお方ですこと……」
 パーティで「家内です」と紹介するたびに、賞賛された、うらやましがられた。
 紳士の後ろに付き従うような麗子ではない。

むしろ紳士を従者のように扱いながら、そうそうたる名士のあいだを泳ぎまわる錦鯉だった。

品評会で金賞をうけた、紅白の模様が際立つ國魚と称される錦鯉だった。

それがいま、よれよれの風采の上がらぬかつての思い人を見られてしまった。


「ミタちゃんをご存じなの?」
 ことばを失っている麗子に、ママさんが声をかけた。
「いまはね、広告会社の課長さんなのよ」。

精一杯の援護射撃だった。課長などという役職にはついていない、ただの平社員だ。

大口の取引先である、スーパーマーケットの店長に気に入られている、新入社員にすぎない。

しかし女の勘で、彼と麗子が訳ありのふたりだということがすぐにわかった。

そして紳士がそのことを、表面上は許容しているように見えて、実のところは棘として感じていることも。